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〈レポート〉第14回講座-牛伏寺寺子屋第2回「山に生かされて ヒマラヤを越えて見えたもの」

2013.12.01 | カテゴリー:講座の記録

【2013年10月20日13:30~16:30 於:牛伏寺】

信州自遊塾運営員で牛伏寺副住職の大谷宥秀さんが発案し、新たにスタートした「牛伏寺寺子屋」講座の第2回目は、大谷さんのご友人で、クライマーとして世界の山に挑戦した後、現在は写真家として活躍されている小松由佳さんをゲストに迎えてお話ししていただきました。

小松さんは、大学山岳部時代にカラコンロン山群の未踏峰(中国新疆ウイグル自治区6355m)に初登頂。さらにエベレストに次ぐ高峰で“世界一難しい山・K2”(パキスタン カラコルム山脈 8611m)に日本女性として初めて登頂を果たし、「植村直己冒険賞」、「朝日スポーツ賞」を受賞。その後、厳しい自然環境の中で生きる人間の姿を写真や文章で表現しています。

講演要旨

クライマーとしてヒマラヤの山々にあこがれて

現在は写真家として活動しているが、その背景にはヒマラヤで得た大きな出来事があった。
秋田県に生まれ、山並みを眺めて育ち、高校時代登山部に入部。その後、神奈川の東海大学で本格的な登山を学んだ。体力的な違いなど、女性であることで辛いことも多かったが、今できることを一生懸命やることで、環境は少しずつ変えることができると気づけた。

スケールの大きな山に憧れ、雪と氷と岩だけの世界にいると自分が一つの命として生きている、そんな深い感覚になるのが素晴らしく、毎年ヒマラヤへ行った。いくつかヒマラヤの山を超えてきたが、そのなかでも一番辛く、厳しく、そして多くを学んだ山がK2だった。
K2は世界で最も困難な山。挑戦者の26%が命を落とす非情の頂きと呼ばれる。雪と氷、岩からなる急峻な地形(平均傾斜45度)で岩が脆い。エベレストの登頂者3000人に対し、K2は200人に満たない。
一年間トレーニングし、お金を貯めて向かった。パキスタン、イスラマバードから麓の村までは車で一週間、そこからさらに一週間歩いて、5200mのベースキャンプを目指した。

命懸けの登山

ベースキャンプで身体を慣らした後、南南東リブルートを取って登り始めた。突然ドカンというものすごい音。巨大な雪崩だった。1時間早く出発していたら下敷きになっていた。
ヒマラヤの大自然のなかに身を置くと、人間は無力で小さいと思わされる。日本に暮らしていると、自然を守ろうとかエコといった言葉が氾濫し、人間が自然を支配しているかのようだが、ヒマラヤでは、自然のなかの小さな存在が私たち人間だとつくづく知らされる。
ヒマラヤでは、人の遺体やその一部もよく見かける。彼らも同様に山に憧れ、ここまで来たのだ。自分も山で死んだらまたこうなっていくのだと覚悟が湧き上がった。登山は、一度の小さなミスが命に直結するリスクあるスポーツ。だからこそ、生きている実感を強く感じられる。

チームのなかから山頂アタックに選ばれたのは私を含む若手3人。出発してすぐ、先輩が何と盲腸炎になって山を降り、後輩と二人での挑戦だった。
ベースキャンプを出発して3日目、C(キャンプ)3(8000メートル)に到達。ここから先はデスゾーン(死の地帯)と呼ばれる。酸素の量が地上の三分の一になり、突然死する人も多い。周りは雪の斜面で命の気配のない不思議な世界。岩と雪と氷の世が果てしなくひろがり、神々の世界を見たような気がした。

深い雪のなかを、気づけば12時間近く登り続けていた。そして、ついに、これ以上高いところがないというところまできて、ここが山頂だとわかった瞬間、これまでのいろんなことが思い起こされて涙がとめどなく溢れた。覚えているのは、空が黒かったということ、地球儀の上に立っているかのように地形が丸く見えた。
喜びと同時に、ここから生きて帰らなければいけないという不安もあった。下山し始めて間もなく夜になった。20時間歩き続けた末、持っていった酸素も底をつき、ビバークを決意。気温-20度、酸素のない中、極限状態の人間が見ると言われるもう一人の存在、サードマン現象や、幻覚もみた。
励ましあいながらなんとか息をつなぎ、頬にほのかな温かみを感じて目覚めた。目を開けると、紫雲にさす太陽の光がこの世のものとは思えない美しさだった。一歩一歩、生きて帰るという思いを踏みしめベースキャンプにたどり着くと、仲間たちは涙を流して迎えてくれた。達成感でいっぱいの瞬間だった。

山が教えてくれたこと

人間の命は、努力や情熱だけでは太刀打ちできない大自然のなかの大きな流れの中に左右されていると感じた。山が私を生きて帰してくれたことに感謝。一生忘れることのできない深いものを教えてくれた。山を降り、2ヶ月ぶりに緑の草を見たとき、人間の周りには命があふれていること、いかに豊かなことかと実感した。

自分が山に行って、帰ってこられたのは一人の力ではない。仲間の力の大きさも知った。人間はともに助け合い、支え合い、生かしあっていると実感した。何度も生死の境にたって思ったことは、いろんなめぐり合わせのなかで生きていられる、そのことに感謝しなければいけない。生きていることはそれだけでかけがえのないこと。

経済的には決して豊かとはいえないながらも生き生きと幸せそうな表情をした地元のポーターたちの姿には、人間の本当の豊かさは与えられた環境のなかで感謝をしながら生きることのなかにあるのではと気づかされた。

ヒマラヤを越えて見えたもの

ヒマラヤに登りに行っているときの私は、ヒマラヤという大自然と向き合うことで自然との一体感を感じようとしていた。
次第に、厳しい自然のなかで厳しさ、豊かさを受け入れて生きている人間に興味を持つようになり、人の暮らしのなかに自然と一体化した深いものを見出したいと思うようになった。そして、アジアの山岳、草原、砂漠を旅するようになった。
モンゴルの大草原で遊牧民との生活を2ヶ月間し、与えられた環境のなかで生きる知恵を知った。

ここ数年は中東の砂漠の暮らしを求め旅している。厳しい自然環境のなかで人々の大地への愛情、祈り、自然のなかの一部として生きる姿を見た。幸せの価値観もそれぞれだ。自然の中で精神的に豊かに生きている人たちに近づくこと、表現することが今の生きがい。

最後に

ヒマラヤの山々に登り続けて、どんなに険しく高い山でも、それまでの一つ一つのステップを大切にすることで必ず近づいていけると学べた。
好きな言葉は、アメリカの女性クライマー、リン・ヒルの『Passion creates possibility』(情熱が可能性を生み出す)。大きな挫折にあったときも、この言葉で自分を励ました。
どんなときも、自分を信じること、自分の力を高めるための努力することを忘れずに生きたい。人の縁を大切に、自分の幸せは何かを追い求めて生きるとともに、周囲の人間にとっても幸せであるようにしていきたい。
人生は今しかできないことの積み重ねでできている。今後も自分を輝かせてくれる、生きている喜びをもたらしてくれることを追い続けていきたい。

フリートーク

講演後、会場から寄せられた質問も交えながら、小松さん、松本猛塾長、大谷宥秀(牛伏寺副住職)さんのフリートークが行われました

Q. クライマー小松さんから見た三浦さんエベレスト登頂の感想は?
A. 歳をとられても、厳しい環境に向かっていく精神力、成し得たチームワーク、体力は素晴らしい。人間の可能性を見せてくれた。

Q. 体力づくりはどのように?
A. 荷物を持って登る力、難しい山を登るテクニック、精神力、登山には様々な力が必要。とにかく山に行って、いろんな力をつけることをした。岩のぼりや、荷物を40キロの荷物を背負っての山行、空身からみで20キロ走るなど。精神的には、長い山行に行って歩き続けるなど、苦しい思いを持続させる練習した。遭難の疑似体験もした。

Q. 登山の中で地球温暖化を肌で感じることは?
A. ヒマラヤでは登山に適した時期が変化していて、温暖化による気候の変化が見られる。ヒマラヤの雪もかなり溶けてきていて、いままで登れたルートが使えなくなり、麓の村にも影響が見られる。

Q. いろいろな場所を見てきて、いまなぜ中東の砂漠に興味を持っているのか?
A. アジアの草原、砂漠、草原地帯、いろいろ見て回ったなかで、最も厳しい自然環境だと感じたのが中東の砂漠。厳しい環境だからこそ、そこに生きる人々の鮮烈な生命力を感じる。

Q. 砂漠に生きる喜びはあるのか?
A. 大自然との一体感。自然のダイナミックな力を身体で感じることができる。人間が自然そのものとしてここにいるという安心感のようなものを感じた。砂漠に生きる人はその豊かさから離れられないのでは。

Q. 経済優先の社会、都市生活者をどう思うか?
A. 経済的には豊かとは言えないが、伝統的な生活のなかで、いまある生活に感謝をしながら生きる遊牧民と違って、都市生活者の顔には生の喜びが満ちているようには見えなかった。生活のなかに感謝があまりないというか。経済的に豊かなことが幸せなのだろうか?と考えた。人間の幸せとは、どんな仕事をしている、お金をいくら持っているということではなく、心の中が平和で、たくさんの愛情に満ちていることではないかと思う。

Q. 文明が発達し、人間は本来、自然のなかの一部であると見失いつつある。どうしていったらいいか?
A. 文明って環境破壊したり、自然に対する影響が多い。自然というのは、私たちが想像しえないレベルで繋がっていて、人間の命にも繋がっている。人間は自然そのもの。それを多くの人が知って、自然=自分たちの未来を大切にするべきと、心から思えば、未来は明るくなるのでは?

参加者の感想

  • 素晴らしい講演でした。後半の部分をもっと詳しく聞きたいと思いました。世界全体をみると、自然を征服しようという人類の活動が目立ちます。本来、日本の文化、文明は厳しい自然もやさしい自然もすべて受け入れて、自然と一体化して生きていたはずですが、その心が失われつつあります。グルーバル経済やGDPで測る経済が大きな要因になっていると考えます。(松本市・男性・50代)

  • 山が大好きですので、とても楽しみに聞かせていただきました。山行での数々の思い、心にしみる感動的なお話でした。今しかできないこと、それは年齢ではないということ、本当にそう思います。心に残る良いお話をありがとうございました。これからもますます素晴らしい生き方につき進んでいかれることを祈念しております。お身体に気をつけられてお励みください。(女性・70代)

  • 本日は、自分の生き方で自信をなくして、どうしたら活気を戻せるか悩んでいました。地元の新聞に載っていて場所も近いこともあり、またタイトルに魅せられて来ました。ただ生かされている自分、何かしなければいけない自分に、本当にうつ状態の毎日を過ごしてきてしまいました。ちょっとした気づき、感謝、ふれ合うことの大切さ、本日の講演で学ばせていただきました。(松本市野溝・男性・50代)

  • とても素晴らしいお話でした。自然と共に生きること。経済、化学、工学などが発達している環境ではなかなか気づけないことですが、このようなお話で“自然と共に生きること”がどれだけ大事なことか再確認できました。(女性・30代)


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