【2024年3月26日 松本市中央公民館Mウィング会議室 参加者60名】
政府は「戦争を防ぐには、相手が攻めてくる前に攻撃できる戦闘能力が必要だ」といいます。しかし、その考えで本当に戦争が防げるのでしょうか?信濃毎日新聞の元報道部長の丸山貢一さんをお招きして参加者と共に考える講座を企画しました。
今、ウクライナとガザで暴力と破壊の戦争が起こっている。
国家がどう情報を統制して戦争を遂行するために国内外に向けてプロパガンダ情報宣伝をしているか。その中でジャーナリズムはどう変貌してきたのか、そんな視点でロシアを見ていくと先の戦争で日本が行ってきたこと、日本で起きたことと二重写しになってくる。
2022年2月にロシアがウクライナに侵攻しました。その直後にウクライナとの戦争に反対するロシアの研究者及び科学ジャーナリストの公開書簡という文書が公表された。これはロシア科学アカデミーに所属する科学者とか ジャーナリストが会員です。世界各地のロシア人に呼びかけて署名を集めた上で彼らのホームページに掲載した。以下がその内容。
「我々、ロシアの研究者および科学ジャーナリストは、ウクライナ領土においてわが国の軍隊によって開始された軍事行動に対する断固たる抗議を表明する。この破滅的な一歩は、甚大な人的犠牲をもたらし、既存の国際安全保障体制の諸原則を毀損する。ヨーロッパにおいて新たな戦争を始めた責任の一切は、ロシアにある。
この戦争に対する、いかなる合理的な正当化事由も存在しない。軍事作戦を展開する口実としてドンバスの状況を利用する試みには、いかなる信用もおけない。ウクライナが、わが国の安全保障にとって脅威でないことは、全く明らかである。ウクライナに対する戦争は、不正義であり、明らかに無意味である。」
ところが、そのロシア科学アカデミーのホームページから「抗議する文章」が削除された。
おそらく2月24日に掲載され、削除されたのが3月初め。これはプーチン政権が自分たちの意に反する情報や意見を国民の目に触れないように遮断するという1つの情報統制。
こんな状況の中でノーバヤ・ガゼータという比較的プーチン政権に対して批判的な独立系新聞社がある。この新聞社は過去6人の記者が何者かに殺害されるという不幸な出来事もあった。編集長はこのドミトリー・ムラトフさんという人でこの方は2021年にノーベル平和賞を受賞した方だが、2022年の4月7日モスクワの駅の列車内で何者かに赤い塗料をかけられて目に火傷のような負傷した。背後にロシアの情報機関の犯行との見方も出ている。
開戦当初の2022年3月ロシアのテレビ局の生放送中、キャスターの後ろに「戦争をやめてプロパガンダを信じるな、彼らは嘘をついている」と英語とかロシア語とかで大きく書いた紙を広げて見せた女性編集者。自宅軟禁され懲役10年の判決を受ける恐れがあったが、国境なき記者団の手助けでフランスに亡命した。
NHKが日本でロシア料理店を営む女性にインタビューしたところ、日本での報道をモスクワに住む両親に伝えると「それはフェイクニュースでロシアこそウクライナに平和をもたらそうとしている」と反論され口論になった。情報環境が断絶した結果、親子に深い亀裂を持たせた。
ロシアは死傷者数を公表していないが推計10万人といわれる。
地方政府が「誰々が亡くなった」と報道しているのを現地の独立系メディアとイギリスのBBCが共同して情報集約して3798人の戦死者を割り出した。207人がタゲスタン共和国、164人がブリャート共和国の出身。モスクワは8人。サンクトペテルブルグは26人。スラブ系のロシア人とは異なる所得が低い少数民族が多く戦死している。都市の住民に反戦気分を起こさせないよう意図的に、遠隔地の少数民族を激戦地に送っている。
今、市民の間に広がってる空気はどんなものか?信毎に掲載された60代のロシア女性の手記によると、生物科学兵器のことで鳥がウイルスなどを運ぶ 生物兵器となりロシア人を襲うという奇想天外なストーリーで、テレビ画面に空を飛ぶカモが映し出されナレーターが「カモはミサイルよりも飛ぶのは遅いが防空 システムも作動しないそのために恐ろしい武器である」という風に言っている。ウイルスはウクライナやアメリカの生物科学研究所と言われてるものにあるのではなくロシアのテレビに 蔓延している。
しかしこれと似たような光景が昭和の日本にもあった。1931年の9月に満州事変の際、関東軍はこの爆破事件を中国軍の仕業だと発表して戦闘を始め一気に満州を占拠して、1年後には日本の傀儡国家である満州国を建国した。柳条湖の現場を見た大阪毎日新聞記者が「どうも鉄道は日本軍が自ら爆破し て中国側の反抗に見せかけたものだ」ということを言っていたようだ。どうもおかしいということは現地にいる記者はみんな感じていた。
しかし日本にその疑念が伝わらなかった。軍部は中国軍の犯行の証拠を次々と、いろんな新聞社にリークして特ダネを掲載させ「情報統制」をしていた。どうやったらそのメディアを操作できるか ということを研究してそのうちに内閣情報局といった 情報宣伝機関を発足させたり、国家総動員法という法律を作って情報もその騒動員体制の中に組み込んだ。
で、信毎はどうだったか。大先輩の有名な桐生悠々が1932年9月26日付けの社説で「満州事変に関しては、非常に積極的にやれ」という論陣を張っていた。この社説は「中国が柳条湖の爆破事件をやったという誤った事実認識を 前提にして中国が放火しながら責任を日本に追わせようとするのは言語道断という風に批判し、撤兵を求める国際連盟に反発し脱退しても差し使えなし」というところまで断言していた。しかし、あの当時の軍部 に対しては非常に厳しい姿勢だった。
その1つが1933年の社説「関東防空大演習を笑う」。その直前に関東地方でこう大空襲を想定した訓練があったが、悠々はこれに対して「上空に来た敵機を撃墜するのは難しく、爆弾を落とす木造家屋の多い東京は一挙に焦土と化す。しかも空爆は一度ではない。領域内での戦闘を前提やるなら最終戦を想定したものでなければ科学の進歩はロボット操縦機でも予定地点に正確に爆弾投下できるそんな段階に至たろうとしている。赤外線を使った戦争も間近だろう。」と述べた。
これは、その後の太平洋戦争とりわけ東京などへのB29爆撃の被害、科学技術 の進展ということを考えた場合、ある意味で先見性があったま合理的な主張だった。
しかしこれに対して軍部が激怒して信毎への攻撃を始めた。
信州軍同士会という会員8万人を要する在郷軍人の組織で、信毎に対し「この記事を取り消せ桐生をやめさせろ。要求に応じ なければ信毎の不売運動を始めるぞ」と脅しをかけてきた。
信毎の当時の発行部数は2万部だった。今は大体30数万部あり、2万部では経営的に非常に厳しい状況で、おそらく不買運動をされたら会社そのものが潰れてしまうだろうという状況に追い込まれ、会社は結局折れて白旗を上げる形で桐生悠々が自主的に退社するということになった。
もう1つ戦時中の信毎に大きな事件があった。当時、「農村雑記」とていうコーナーが注目を集めていて、その投稿者たちを集めて宴会をやった。何の政治的な目的も意図もないのに、特攻警察が、太平洋戦争開戦の翌日12 月9日の早朝この中の13人を治安維持法違反で取り調べた。
非常に厳しい取り調べを受けて、主犯格にされたのが今井博人という当時の学芸部のデスク。彼を左翼分子で事件を主導したと決めつけた。この農村雑記という農村青年たちの声を載せるコーナーはこの事件で紙面から姿を消して、その後は生活雑記というタイトルに変わって戦争を賛美し、戦地に行ってる兵隊さんたちをみんなで応援しようという内容 ばかりになっていった。
この事件が信毎にとっては1番のダメージというか、この事件の後、編集会議に特攻警察が毎日来て記事に関してあれこれ注文をつけた。信毎は公権力に飲み込まれて戦争プロパガンダの一翼を担っていくことになった。
悠々はその後、名古屋で「他山の石」という雑誌を発行する。残された自筆原稿と発行されたものを見ると、検閲で削除され箇所が分かってきた。要するに政府批判の部分はばっさりこう削られている。そして発行停止にされた。このころ読んだ句は「蟋蟀(こおろぎ)は泣き続けたり嵐の夜」「嵐の夜」は当時の戦争に向かう不安を言っていると思う。
「他山の石」は1941年に廃刊し、悠々は太平洋戦争に突入する3ヶ月前の9月10日に喉頭がんのため68歳で亡くなった。
戦争する国家っていうのは大体子供を利用する。日本では父親が戦死した子供を「誉の子」としてたたえて、毎年靖国神社に集めて父の神霊と対面させ、皇后陛下から菓子を賜る儀式をやった。それを全国にラジオで放送してその幼気な様子が国民の涙を誘うと同時に戦意を起こすという仕組みをやっていた。
内閣情報局が編集したあの定期的刊行誌の表紙の写真では、口を結び涙を抑えて顔上げており、写真説明には皇后陛下から菓子を賜ってありがたいと感涙にむせび、父の名を恥ずかしめない立派な人間になると雄々しく誓うとこういう風になっている。後に学習院大学教授の斎藤俊彦さんが、戦後にこの子供に対し聞き取り調査した。この男性は当時80代になっていたが、撮影に来た時の様子をしっかり覚えていてこの涙のわけを話した。内閣情報局の職員がこの撮影の直前に目薬を2度目にさした。それがこの写真の本当の事実。
今は非常時が喧伝されている。北朝鮮のミサイルが発射されると国民保護法に基づいてテレビは国民法護に関する情報を一斉に報じなければいけない。それと同時にミサイル発射の過去の映像ばかりが1日中流れてるという光景が数年前にあった。非常時というものを、政権権力は植え付けたいんじゃないか、非常時マインドをどうやって持たせるかということが国家の1つの課題になっているのではないか。
信毎は去年12月に「防衛省はAIを使ってSNSで国内世論を誘導する工作の研究に着手している」と報道した。インターネット上でインフルエンサーにいかに無意識のうちに防衛省の有利な情報を発信するようにしむけ、防衛政策への指示を広げたり、有事で特定国への敵対心を醸成したり、国民の反戦や厭戦の機運を振り払うことを目標にしているようだ。
SNSの世界では既に情報戦争みたいなものが始まっている。
アメリカのニューヨークタイムズが人工衛星画像を分析し、道に散乱するウクライナ人の遺体を公開したが、ロシアは「我々が撤退した後にこの遺体をウクライナ側が置いたんだ」という主張をしていた。
しかしニューヨークタイムズが分析した結果でロシアの撤退前にこういう形で遺体が置かれていたという事実がわかり、ある意味でロシアの嘘を突き破る報道ができた。
私達の事実認識は非常に偽の情報とかプロパガンダによって簡単に歪んでしまうと言われていて、専門家は「それには理由があるんだよ」と言っている。人の認知を利用した戦略を研究している アメリカのシンクタンクの専門家が以下の4つに言及している。
作り話のウイルスが拡散させないようにすることは、我々メディアにとっても大きな課題。そのために我々も単に頑るっていう精神論だけじゃなくて、認知科学とかあるいは脳科学という専門知識も今後、勉強してかなきゃいけない。そのようなトレーニングの元で「国家の嘘を見破っていく」というジャーナリズムをやらなければいけない時代。
ジャーナリズムの役割は、
ウクライナは核兵器を放棄したがゆえに、ロシアに侵攻されてしまったのではないか?
ウクライナにはソ連時代に核兵器が配備されていたと思われる。しかし、独立後のウクライナには核兵器を保持するか放棄するかの選択肢は無かったはず。よってウクライナが核兵器を保持し続けていれば抑止力が働いたとの議論は前提条件が正しくない。
過去において抑止力が働いたと考えられる場面と働かなかったと考えられる場面がある。抑止はたとえ成り立つとしても不安定なバランスのもとに成り立っている。双方の思惑に食い違いが生じると戦争に発展する。
イタリア、イギリス、日本の3カ国が共同開発する戦闘機の第三国への輸出の是非が議論されているが、どう考えたらよいか。
戦争は儲かる、平和は儲からないもの。軍備増強で利益を得る人がいることを念頭に置いて考えることは大事。紛争中の国には輸出しないというのは現実的でない。輸出するからにはその後に実戦で使われることは当然覚悟せねばならない。サウジアラビアが悪い例。
抑止力は当てになるのか?核兵器を保有しているといわれるイスラエルはハマスに侵攻されたではないか。
抑止力は「安全保障のジレンマ」の危ういバランスの上にある。100%否定するつもりはないが、均衡を保ち続けることは難しい。表舞台での国同士の対立とは別に、机の下では握手するなど相手に対し「安心供与」をすることが重要。
台湾有事が最近話題になる。沖縄の防衛力増強は必要か。
台湾有事の報道に煽られすぎている面はあり、注意すべき。日本の防衛力を高めたい人達が台湾有事を好機と捉え声を大きくしている。嫌中感情に流されて安易に判断してはいけない。中国と台湾が海で隔てられていることが重要であり、中国が侵攻するコストは高い。
台湾有事が起こるとしたらどのように起きるか。
米国が本当に台湾を守ろうとするのか分からない。米国がどう対応するかで大きく変わる。ウクライナのように後方で軍事支援をする代理戦争になるのではないか。米国が軍事介入した場合は日本の米軍基地も攻撃を受けるため、他人事ではいられない。米国の部隊が攻撃を受ければ、集団的自衛権を行使する要件を満たすため、日本も中国に反撃せざるを得ない。そうならないよう、今から日本は真剣に考えないといけない。
若い世代の選挙の投票率が低い。どうしたら政治に興味を持ってもらえるか。
近現代の知識の乏しさが問題。歴史を学ぶ中で、「当時自分だったらどうするか」を考えることが大切。大学入試で出題されない現代史を若者は学ばない。日本が過去に韓国に何をしたのかすら知らない。最近、「歴史総合」が高校の新科目となったのは良い流れ。
若い世代は新聞を読まなくなっているうえ、ネットニュースすら見ずにYouTubeばかり見ているとの声も聞かれる。危機感を持っている。
軍事力以外の方法で抑止力を働かせられないか。日本は米国とばかり親密にしているが、他国との関係改善のためにもっと外交的な努力をするべきではないか。
アジア地域での他国とのネットワークが希薄になっていると感じる。日本は積極的に地域の安定に貢献することで、他国からの尊敬を勝ち取ることができるはず。それは自国を守ることにつながる。